生きてるってこういうこと!

#青年海外協力隊としてベトナムで過ごす日々。旅が私を変えてくれた。人が私の心を満たしてくれた。どんな時も自分が自分らしくいれるために大切なことはここに記録しました。

〜まぢなんなん!インドってさ!〜vol 4

インド2日目。

早朝5時起床。今日はインドの象徴、タージマハルに行く!

タージマハルはアグラという場所にあるので、そこまで電車で向かうのだ。

ホテルから一歩外に出ると、ものすごい暑さだ。そして朝早いというのに街中かなり賑わっていた。

というのも、当たり前のように道路には牛や鶏や犬が歩いているのだ。そしてあいかわらず臭い。獣や汚物、汗など色々なものが混ざっている。至るところに物乞いや体の一部が欠如した人、痩せ細って座り込んでしまった老人。本当に見るもの見るもの驚きの光景であった。

誰かと目を合わせてしまうと、すかさず相手は何か貰えると思って私たちに付いてくる。母親らしき人が赤ん坊を抱いて私に手招きしている。何かを訴えているようだ。そしてその後、その赤ん坊を私に見せ「見て。うちの子。食べるものがなくて栄養失調になってしまう。お金をちょうだいよ。」まるでそんなことを言っているようだった。

心が痛かった。どこを見ても、同じような光景だ。

でも彼らを助けようとする者はいない。インド人でさえも、当たり前の日常だからか。みんな普通の顔して素通りしている。

 

あまりにも異様な光景。私が持っているこの小銭でさえも、何人の人を救えるのだろう。

でも、今ここで一人にお恵みをしてしまったら、私一人では対処しきれない程の多くの人がお恵みを求め、期待し、私のお金が尽きれば期待した分だけ悲しみ、落胆するのだろう。

 

あ、そういえばたかのさんの本にも同じようなことが書かれていたな。

「インドの乞食は不可触民といって、カーストの中にも入っていないんだよ。法律上はもうカーストはないってことになっているんだけどね。1億人近くいるらしいよ。」

 

彼女たちの血色の悪さや、棒切れのように細い体が、頭にこびりついて離れない。彼女たちにあげる金はないのに、自分がステーキを食べる金はあるという事実が重くのしかかってくる。もしかしたらあの親子は飢え死に寸前だったのかもしれない、などと考え始めると、クーラーの効いたレストランで豪華なディナーにありついている自分が、とてつもなく冷酷な人間に思えて仕方がなかった。

 

物乞いされると、その人が本当に困っているのかどうか、いちいち判断する必要がある。インド中の乞食に恵むお金なんて私にはない。じゃあ恵まないと決めてしまえば楽になるかというと、そう簡単なものでもなかった。なんといっても、相手は自分と同じ生身の人間なのだ。「お恵みを・・・」と言いながらよたよたとすがりついてくる人に向かって、「ノー、ノー!」と延々に言い続けるほど、気が滅入る行為はない。恵むにしろ、恵まないにしろ、後味が悪いことに変わりないのだ。インドの旅は、もしかしたら苦行なのかもしれないとさえ思えてきた。

 

急に自分が旅行者という立場でいること。日本での生活がどれだけ豊かで贅沢であるか身を持って感じた。世界には、何不自由なく暮らし、死とは無縁の生活をしている人たち、でもその裏には今まさに私の目の前にいるように今日どう生きのびるか、という現実に向き合って生きている人もたくさんいるのだ。なんて不公平なのだろう。

そしてそれを知った私は、彼らを助けることも、この社会を変えることもできない。それは、日本人という人種に生まれた運命。これを運がいいという簡単な言葉で自分自身を納得させることはできなかった。

 

一度考えだすと、もう頭から離れなくなってしまった。旅行に来たはずが。楽しみにきたはずが。

なんだか、暗い気持ちになってしまった。

でも、そもそも私はインドに来なかったらこんなことを知る事もなかっただろうし、考えもしなかった。

何か嫌な事、自分に不都合なことがあれば、いつも他人のせいにし、なんて自分は不幸なんだ。世界でこんな不幸な奴はいないだろう。と情けない自分丸出しの愚痴をこぼしていただろう。

でも、これからの私は違う。そんなこと絶対口にしないだろう。

そして、今まで自分が悩み、苦しんできたことなんて世界からしたら本当にちっぽけなことだと思った。

いいじゃないか。私はここインドに来て、もうすでに大きなものを獲得したのだ。

それは、『知る』ということ。この今まさに自分が生きている地球上で起きていることを自分の目で見て、触れて、、、五感で感じ取った。知る前の自分と知った後の自分は全然違う。

 

私が旅をする理由って『知る』ことなのかもしれないな。

 

 

ニューデリー駅に着くとアグラ行きの電車がすでに停まっていた。チケットに書かれた番号の座席に座ると予定時刻通りに出発した。

事前情報では、出発時刻は数時間遅れる事もよくある。と聞いていたが、こんなこともあるんだな。とちょっと感動。外国人観光客用とあって、車内は割ときれいだ。

すこし走ると、何やら車内食らしきものが配られた。

こ、これは!!

あのyoutubeチャンネル IKKO'S FILMでイッコーさんたちも食べていたのと同じじゃん!!

この動画については、たむにもインドに行く前の予習ということで見ておくように言っていた。だから二人して、顔を見合わせ『でたよ。なんなん」

 

あいかわらず、息ピッッたりだ。

カレー風味のコロッケ(どうやらこの国の食べ物は何でもカレー味らしい)

ぺちゃんこの食パンに激甘のジャム

ケチャップがあるものの切り口がないので歯で開けるしかない。

そして食器は汚れている。

 

最後に激甘のチャイが出てきた。

 

私たちもイッコーさんと同じような食べ方をしていた。

食は味わうものではなく、むしろこなす作業だ。

 

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車内食

 食事を食べながらふと窓の外の景色を見る。

見渡す限りごみの山だ。

花や木などもない。ただ線路内には多くの人が歩いていたり、ゴミ拾いをしている。

小さな子からお年寄りまで。ボロボロの服に痩せ細った体。

 

だが、しばらく人を見ていると多くの人が線路の上でしゃがみこんでいるのだ。

みな、こちらに顔を向けてしゃがみこんでいる。不思議だ。

すると、

たまたま私たちに背を向けてしゃがみ込んでいるおばあさんがいた。

な、なんとおばあさんは来ていたサリーをめくり上げお尻を丸出しでしゃがみ、そのまま野糞をしていたのだ。

 

あ、あ、あ、あ、

ってことは、これまでしゃがんでいる人たちを沢山見てきたけどそれってつまり、、、、ってことだよね?

 

私たちは食事しながら何とまあシュールなものを見せられていたんだ。

すごすぎる。強烈な思い出の1ページとして登録されました。

まったく、なんなんだ!インド!!!

 

たむも「なんなん」とは言っていたが、それよりも食べたら睡魔が襲ってきたらしく、すぐに眠ってしまった。

 

約2時間でアグラに着いた。

電車を降りると、駅のホームには大勢の人がいた。

家族だろうか。物凄い量の荷物を抱え、一家揃ってホームの真ん中に座り込んでいる人たちがあちこちにいる。

隙間のないくらい人がぎゅうぎゅうになり、どこに進んでいいかわからなくなる。とりあえず、改札らしきものを探し、人の流れのまま進んでみる。

さすが、人工が多い国インド。どこにいても人人人。

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ホームに座り込む人たち


 

ようやくゲートが見えてきた。するとゲートの前にはまたしてもものすごい客引きらしきインド人?いや、あれはタクシーやリキシャの運転手だ。

出た!これぞまさによくテレビで見るやつ。本当は昨日空港でこうなることを予想していたが、誰もいなかったもんだからてっきり、時代の流れとともに消滅したのかと思い込んでいた。

でも、そんなことはなかった。これが現実。

とりあえず、ここにいても仕方がない、どちらにせよ、タージマハルに行くには誰かしら捕まえないと移動できない。

この大勢の中のインド人から人の良さそうな人を見つけたい。

でも一斉に言葉のシャワーを浴び、もはや身動きすらできない。誰かと目を合わせればそれは、イコール同意(あなたの任せる)の意味になってしまう。

たむと相談している暇もなかった。

 

すると、一人の男がタージマハルまで100ルピー(150円)で行ってやると言ってきた。

かなりガタイが良く、イカツイ。

こいつ大丈夫か?まだ何も答えていないのにそいつは俺のリキシャはむこうに停めてあるから付いてこいと言っている。

 

その瞬間、周りにいた他のインド人が一気に散らばった。

私たちがこいつに決めたとわかれば諦めは早いらしい。

 

そういえば、IKKO'SFILMの動画でも、まさにここで全くシチュエーションがあったな。

この時は、確かよぼよぼのおじいちゃんドライバーと色んなとこ巡ってたイッコーさん達。

最初はそのじいちゃんのこと疑ってたし、心配してたけどだんだんじいちゃんの人の良さとか愛嬌とか伝わってきて、いい思い出になったんだっけ。

 

私もあのじいちゃんみたいな人がよかったな〜〜

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?

 

 

エ、、、、、エリアスカーーーーーーーーーン!!!!!!

 

思わず大声で叫んでしまった!

そう、このエリアスカーンこそ、そのじいちゃんドライバーなのだ!!

 

カーーーーーンだよ!カーーーーーーン!!!!

カーンは建物の影で佇んでいた。

私が思わず叫んだ事で周りにいた人が一斉に私に注目した。

そしてカーンが私に手を振っている。

嘘でしょ!?本当にいたよ、カーン!!

私は、イッコーさんとも知り合いじゃないし、ただ彼の旅動画をたまたま見た視聴者の一人でしかない。

でも、あの動画を見て、カーンを知ってしまった以上、もうカーンは私にとって他人でも初対面でもない気がしていた。

 

こんな出会い、もう二度とないかもしれない。

カーンの運転する車に乗りたい!!カーンと話したい!!カーンに案内してほしい!!

そんな欲がこみ上げてきた!

 

カーンは私たちのことは知らないはずなのだが、なぜか私たちに手を振りながら「マイフレンド」と叫んでいる。

そして私たちの方へやってきて「俺の車のるか?」と言ってきた。

 

私はすぐに「乗る!!!」と言おうとした。

するとすかさず、さきほどリキシャに乗ると決めたあのガタイのいい男がすごい剣幕でカーンに何かを言っている。

私たちにも、怒鳴るように何かを言っているのだ。

おそらく、俺が先にこの客を手にしたんだ。横取りするな。的なことを言っている。

 

カーンも言い返しはしたものの、ちょっと怖気付いている様子だ。

 

私たちのせいで、あとでカーンがこの集団からハブられたり、意地悪されたらどうしよう。

インドでは年上優先とか経験優先とかいうのルールはないのかもしれない。早い者勝ち。強いものが勝ち。弱いものが引き下がる。

 

だったら、これ以上カーンを求めるのはやめよう。二人の口論はヒートアップし、イカツイ男がいつカーンに殴りかかってもおかしくない状況だった。

もう、見てられない。最初に決めたこのイカツイ男に任せよう。

もしかしたら、こいついいやつかもしれないし。ただ知らないだけ。

私たちは私たちでこの旅を作りあげればいいのだから。

 

私は「ストーーーーップ!I decided you」

イカツイ男に言い、カーンも納得したようだった。

 

私は最後にカーンに「You are famouse in japan」と伝えた。カーンは歯がない口を開け、とびきりの笑顔で「Of couse!!!」と返してくれた。

 

 

今回は残念だったけど、もしまたここへ来ることがあったら、次こそは必ずカーンを専属ドライバーにしたいな。

 

 

 

そして

私たちはこのイカツイ男が運転するトゥクトゥクに乗り込んだ。

男は日本語を話せないくせに「My name is NAKAMURA」と言った。

中村って。笑

もうすでに怪しくていや〜な予感がしていた。

そうこいつは、本当にとんでもない奴だったのだ。

 

 

次へ続く